TOP > 広報えびちゅ「金太郎終えんの地」

広報えびちゅ

July 2018
「ヱビスのおなまえっ」

おまけ編[WEB限定]

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岡山県の北東部、勝田郡勝央町。
栗柄神社は、ここ勝田の荘で亡くなった坂田金時(金太郎)を祀る神社です。

源頼光の一行が、海賊を討伐するために京都から筑紫(北九州)へ向かう途中の11月末。
海路は波が高いので陸路で進む途中大雪に遭い、ここ勝田の地に仮の宿営地を構えました。
ところが滞在中、金太郎は高熱を出して床に伏し、四天王メンバー達の手厚い介抱の甲斐なく
亡くなってしまいます。
1010年12月 55才でした。

金太郎を幕う勝田の人々は、金太郎が葬られた塚に社を建て倶利伽羅(くりから)権現と呼びました。
「倶利伽羅」とは強く勇ましいという意味です。
明治時代に栗柄神社と改められ今に至っています。
金時が取り持つ縁で、1973年に勝央町と小山町は、姉妹都市縁組を結びました。
2011年には千年法要が行われ、小山町からも町長、町会議員の方々が出席しています。


金太郎が眠っています


すぐ脇を中国自動車道が


手前の富士ざくらの木は小山町から贈られました。

勝央町の勝間田地区。ここでは「勝間田」は「かつまだ」と読みます。
岡山県を横断するJR姫新線勝間田駅があります。
その周辺には、勝間田神社、勝間田小学校、勝間田高校など沢山の勝間田がありますが
「勝間田さん」はいないようです。
金太郎との縁で、勝間田の人々が富士山を目指し移住した説を今後調べてみたいと思います。


JR姫新線勝間田駅


一両編成です


乗り遅れると大変です



勝間田神社は「勝」の字が重なることから必勝を祈願するのに良いところです

勝間田駅の前を走る国道179号線と並行して、東西約600mに渡り出雲街道 勝間田宿の
跡が整備されています。
出雲街道は播磨(神戸)から出雲(島根)を結ぶ、人や物、文化が行き交う官道です。
勝間田宿は、江戸時代には主に松江・勝山藩、津山藩の参勤交代の宿場町として整備されました。
ゆっくりと歩いてみると、石畳の所々に豊かな水の流れがありました。
往時が偲ばれる美しい町並みです。


風化中の建物も。


勝田から美作にかけて、
この飾り瓦をよく見かけました。


明治生まれの勝田郡役所


足元にも鯉が








金太郎さんもいます